三月のある夜--劇団の裏方留さんは表通りに異様な物音を聞いて飛び出してみると自動車が止まっていて一人の女が倒れていた。その女は数時間前に劇団の客員で新劇と名うての俳優大江純を訪ねて来た女だった。彼女は須田真弓といい、この奇禍に同情して留さんは、娘の光子と共に彼女を自分の部屋へ助け入れた。戦時中東北の田舎に疎開して来た大江に演技指導を受けた農村の娘真弓は遂に大江に身を許す仲となった。やがて終戦となり、大江は真弓を振り棄てるようにして帰京した。その後を追って上京した真弓に与えられたものは大江の余りにも冷酷な態度だった。憤怒と絶望から街を咆徨しているうち自動車に触れて倒れたのである。その頃劇団には海外の亡命先から帰朝したばかりの名演出家高垣信造と劇界のベテラン明石蘭子がいた。彼女は淫奔な性格で興行界の大立者岩村をパトロンにしている上に、高垣にも媚態を示して...
海外渡航の代理業ニュージャパントラベルサービスに勤める香椎涼子は、東京空港で東亜物産中島常務と、駐在先のニューヨークで妻に先立たれて帰国した藤岡俊介に出会った。涼子は同僚の久子から、俊介の妻高子は中島常務の娘であったが、ノイローゼでニューヨークのアパートから投身自殺をしたのだと聞かされたが涼子の心は、俊介の冷たく厳しい顔に魅かれた。帰国した俊介は、同期の堀川から、次期社長問題で中島常務と海老原常務の決戦が近づいていること、そして、銀行筋や大株主の松本産業社長が、中島常務を推していることを知らされた。堀川は、海老原常務の重視する肥料部におり海老原社長実現に協力し、俊介の間に出来たハンディを取り戻すことにやっきとなっていた。高子の葬儀は、盛大に行われたが、中島常務は、俊介から娘が生前、俊介以外の男を愛していたことを知らされ愕然とした。その頃堀川は松本の...
五年振りにムショを出た口笛のジョージこと、原田譲二は、昔のシマ横浜へ戻って来た。が、かっての組は潰れ、兄貴分の鉄や弟分の辰は新興勢力の張三元の下で動く身だった。一人になっても、組を盛りかえそうと譲二も懸命になったが、新興勢力の前にはどうする事も出来なかった。そんな時、波止場でグレン隊に襲われていた盲目の少女由比子を救った。身寄りのない、この清純な少女にヤクザの譲二は強くひかれていった。そして、由比子の眼の手術費のために、今は張三元の仕事を引受ける決意をした。手術の日まで二人の心をしっかりと結ぶために、二人は時計を交換したが時悪く譲二達の舟が巡視艇に見つかり、矢田部刑事を射ちそこなった譲二は、仲間を裏切ったと海へ投げられた。丁度その頃、由比子の手術は成功していた。それから二カ月、譲二は運送会社の社長に助けられて、運転手となっていた。一方の由比子も矢田部...
実の姉妹でいながら、類子が妹真子に敬遠されるのは、やくざの情夫葛井とのすさんだ生活のためだった。女子大生の真子は姉と別れ、女医蓉子の営む川路医院に身を寄せていた。そこへある晩、類子が転り込んで来た。葛井と縁を切るためだった。だが、それも束の間、類子は再び葛井に連れ戻された。その彼女が黒部峡谷で自殺を図ったという知らせに、真子は類子の初恋の人、古城と共に宇奈月温泉の病院に駈けつけた。古城は類子との結婚を真剣に考えていた。ところが、彼と真子の仲を葛井に揶揄され争となり、彼は真子を庇い葛井を倒したが、その際葛井のピストルで脚を射たれてしまった。--退院した古城は葉山海岸の自宅で静養していたが、水泳好きの真子は彼の家を訪れるのが楽しみだった。彼女の古城を慕う心は燃えた。しかし、彼は類子に未練を残していた。その類子にある夜彼はバアでめぐり会った。彼女にはやくざ...
画家津山勝也は、妹孝子の友人殿村美津子と相思の仲であった。ところが、勝也と孝子の面倒をみている伯父、商事会社社長の津山健三は、娘のナホミと勝也の結婚を望んでいた。一方、美津子も寄宿先の叔父大井正彦から、義理にからまれて或る縁談を強制されていた。勝也と美津子は、強く愛し合いながらも、この相剋に悩んでいた。しかし、悩みがあるのはこの二人だけではない。勝也の親友で、ダム工事の技師をしている木本も、秘かに美津子を慕っていた。孝子は、この木本を愛しているのだが彼の心が美津子に寄せられているのを知り、心に傷手を受けた。そんな或る日、美津子の亡父の墓参の帰途、勝也と美津子は激しい雨に、田舎宿で一夜を明かした。その夜将来を固く契った二人は、やがて生木を割かれるように離されてしまった。勝也が叔父の命令で渡仏しなければならなくなったのである。残された美津子は孤独な日々を...